大判例

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大分地方裁判所竹田支部 平成2年(ワ)21号 判決 1992年7月01日

原告

袴田栄

右訴訟代理人弁護士

河野聡

被告

大野町

右代表者町長

三浦寛喜

右訴訟代理人弁護士

松木武

主文

一  被告は原告に対し、金五七二万九〇五〇円及びうち五二〇万九〇五〇円に対する昭和六三年八月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

被告は原告に対し、金一九八九万四二二六円及びうち弁護士費用を除いた一八〇九万四二二六円に対する昭和六三年八月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、町立小学校の校庭の楠の大木の樹上で枝うち作業中に転落負傷した原告が、国家賠償法一条一項に基づき損害賠償を請求した事案である。

なお、原告は、民法七一五条による請求を選択的に併せなしているが、後述するとおり国家賠償法一条一項が成立する本件では、これが民法七一五条に優先して適用されるものと解する。

一争いのない事実など

1  大野町立西部小学校PTAは、昭和六三年八月二一日、同小学校校庭の楠の大木の枝うち作業を行った。右作業には、同校PTA会長甲斐智、同校校長羽田野美津代(PTA副会長)、同校教頭(PTA事務局長)その他教諭を含め約一〇名の同校PTA関係者の外、クレーン運転手、羽田野から枝切断作業の依頼を受けた原告、衛本栄次が参加した。

原告は、チェーンソーを用いて楠の大木の樹上で枝の切断作業をしていた同日午後二時すぎころ、枝を切り終わった瞬間に高さ約七メートルから地上に転落し、よって、右肩甲骨骨折、右第二ないし第七肋骨骨折、右血気胸、右腸骨骨折などの傷害を受けた(以上、争いなし)。

2  原告が転落した原因は、そのタイミングからして、原告が枝を切断し終わった瞬間に、クレーンにつないだワイヤーで吊っていたその枝が、切り口を上方にして跳ね上がり、これに伴いその枝からさらに別れた枝の先付近が樹上の原告の身体に接触したためである(証人衛本、原告二回)。

二争点

被告は、本件はPTAがPTAの事業として計画立案し、PTA会長の陣頭指揮の下に施行したもので、責任を負担すべきものがあるとすれば、それは、被告ではなくPTAであるし、校長らには過失もないとする外、損害額を争い、過失相殺を主張する。

第二争点に対する判断

一被告の責任

1  被告は、その執行機関である大野町教育委員会を通じて、自己の設置にかかる大野町立西部小学校の施設、設備等を管理運営し、同教育委員会は、同小学校の管理を同校の校長に委嘱している(争いがない)。

ところで、<書証番号略>、証人羽田野、甲斐、衛本、田部、原告一回、弁論の全趣旨によれば、もともと同小学校PTAは、本件の枝切断作業のように、高所でチェーンソーを用いたりして行う枝うちのような奉仕活動は、従前したことがなかったことの外、本件作業に至る経過として、以下の事実が認められる。すなわち、昭和六二年、当時PTA副会長であった甲斐が本件枝うちを周辺住民が希望している旨学校側に申し入れたことや楠付近に野球用のネットを張る計画があったことから、当時の同小学校校長の足立が、被告に予算措置を要求して本件枝うちを行おうとしたことがあったが、予算がつかなかったために、結局同校長時代にはできないままとなったこと、右作業の必要性は、足立校長から昭和六三年四月に着任した羽田野校長への引き継ぎ事項とされ、羽田野校長も同年四月予算要求をしたこと、一方、PTAでは、昭和六三年四月、甲斐が会長となり、五月の総会において、被告が予算をつけて本件作業を行うことを前提に、PTAが切断された枝の収集等でこれに協力する形態で参加補助する旨決議されていたこと、ところが、同年六月になって予算化されないことが判明したので、同年七月ころ、PTA拡大役員会において、PTAの奉仕として本件作業を行うことを決定したこと、右拡大役員会には、甲斐会長だけでなく、羽田野校長もPTA副会長として参加していたこと、右決定後、甲斐会長や羽田野校長が手分けをして切断作業を行う者を同小学校PTA会員の中から募ったが、会員中には誰もこれをなし得る者はいなかったこと、そこで、羽田野校長が、以前大野町立北部小学校の校長時代に、その当時同小学校のPTA役員であった原告や衛本に本件楠よりも低い木の枝うちをしてもらったことがあったことから、両名に本件枝うちを依頼し、承諾を得て、事故当日の枝うち実施の運びとなったこと、当時作業にあたって、羽田野校長は、甲斐会長の問いに答えて「民家に落ち葉の迷惑をかけないようにするとともに、野球用の高いフェンスを建設しなければならないので、そのために必要な範囲を切断してもらいたい」と本件枝うちの範囲を概略指示し、また作業をしていた会員らに休憩を指図するなどしていたこと、本件事故後の平成元年一〇月ころ、本件楠の枝うちは、被告が業者に切らせて完成され、野球用のネットが設置されたこと、本件事故当日まで、甲斐会長、PTA副会長である田部らは、右ネットを張る計画は知らなかったこと、である。

以上すなわち、本件作業は、もともと、同小学校PTAが独自に行っていた従来の奉仕作業の枠を超えたものであり、前年に予算がつかなかったときもPTAが作業をするということにはならず、学校側がその責任で行うべきものとして本件直前まで推移して来ていたのに、またも予算化されなかったため、本件枝うちを行うことをPTA拡大役員会で決定したわけであるが、右決定にあたっては、甲斐会長のみでなく校庭に野球用ネットを張る計画を知っていた羽田野校長からの働きかけもあったものと推認されるほかないし、同校長は、前記のように作業実現に向けて積極的に行動しているほか、当日、枝の切断範囲を説明したのも、学校側の意向を伝えたものといえるから、結局本件作業は、言わばPTAと学校の共同作業として、校長の公権力の行使たる学校管理業務執行の一環という側面があったことは否定できず、羽田野は、PTA副会長としてのみならず、校長として、甲斐会長とともに本件作業を指揮したものというほかない。本件枝うち作業はPTAがその事業として計画立案しPTA会長の指揮のもとに施行されたもので、被告に責任はない旨の被告主張は、採用できない。

2 そこで、校長の過失についてみると、本件は樹上高所の作業であり、転落事故の発生は容易に予見し得るから、管理業務執行の責任者である校長としては、高所の枝の切断作業依頼に際し、依頼した者が安全にそれを行い得る能力を有するかどうかを十分に確認せねばならないし、また、万一の転落に備えて、命綱を装着させるなどの措置を講じる義務があるといえる。

しかるに、羽田野校長は、原告が以前北部小学校で本件よりも低木の枝うちをしたことがあることなどから、本件のような高所の枝に登って樹上でする枝うちも安全になし得るものと軽信し、命綱を装着させることもなく漫然と作業を開始継続させたのである(証人羽田野、原告一回、二回)。この点、過失があるというほかない。

被告は、原告はこの種の枝うちについての特種技能を有するものであって、それゆえに原告に依頼したものであること、原告は本件作業を請け負ったものであること、また、作業前に、甲斐会長が原告に命綱の使用を勧めたのに、原告がこれを断ったのであって、校長の側にそれ以上転落防止の注意義務はない旨の主張をする。しかし、原告は、本件のような高所に上って枝うちをしたことなどないし、これに関して高度の技術を有しているものでもなく、チェーンソー等を所持しているのは、椎茸栽培をしている関係で立木を根本から切断したりすることがあるからにすぎないことが認められ、また、たしかに、事前に原告に対し、日当を支払う旨の話はあったものの、その際には金額も明示されていないことからしても(以上、証人衛本、原告一回)、原告の応諾が校長の前記義務を排除する性質のものとは認められない。また、作業前に、原告に命綱の使用を勧めたという主張も、原告供述(一回)や衛本証言に照らし採用できない。

なお、原告は、①クレーン運転手と切断している原告との連絡係をおかなかったこと、②本件楠の一本前の楠の枝を切断した際に本件同様の枝の跳ね上がりが生じ、原告に接触しそうになったため、教頭ら数名があぶなかった旨を話し合うなどしたことがあり、本件の危険を察知し得る具体的出来事があったのに、校長を補助すべき教頭が、これに対する適切な処置をとらなかったこと、も被告側の過失として主張するが、まず、①は、連絡係の有無は本件転落の直接原因と関係がないし、②は、原告自身が、本件一本前の出来事についてさほどの危険を感じなかったと供述しているのだから(原告二回)、いずれも校長側の過失として斟酌しない。

三原告の損害(弁護士費用を除く総損害額二〇〇六万五二二六円のうち既払い分を除いた一八〇九万四二二六円及び弁護士費用一八〇万円を請求)

1  治療費 四九万六三二〇円

原告は、前記傷害により、天心堂へつぎ病院に、事故当日の昭和六三年八月二一日から同年一一月三〇日まで一〇二日間入院し、同年一二月一日から平成元年四月二〇日(<書証番号略>により上肢関係での症状固定日と認める)までの一〇二日間に一八日間通院治療を受けた。また、右症状固定後も、天心堂へつぎ病院で平成元年四月二一日から同年五月三〇日までの四〇日間に六日の通院治療を、天心堂へつぎ病院おおのまち診療所で同年六月五日から同年九月一九日まで一〇七日間の間に七〇日の通院治療を、永富脳神経外科で同月二六日の一日検査のため通院治療をそれぞれ受けた(以上、症状固定日を除いて争いなし)が、右症状固定後の受診にも相当性が認められる(証人松本)。よって、治療費は、天心堂へつぎ病院分として、四五万六八二〇円(<書証番号略>は、一部重複分があるので、<書証番号略>で右金額を認定する。)、おおのまち診療所分として、三万三九九〇円(<書証番号略>)、永富神経外科分として五五一〇円(<書証番号略>)の合計で右金額。

2  入院雑費 一〇万二〇〇〇円

入院雑費は、一日あたり一〇〇〇円と認めるのが相当であるから、一〇二日間入院で右金額。

3  文書料(診断書) 一万六〇〇〇円(<書証番号略>)

4  落下破損したチェーンソー修理代

三万〇五〇〇円(<書証番号略>)

5  休業損害 一〇九万五七二〇円

原告は、稲作や椎茸栽培等に従事し、昭和六二年には、三三三万二九三八円(一日あたり九一三一円、一円未満切捨て)の所得を得ていることが認められる(<書証番号略>、原告一回)。なお、同年には、森林組合からの植え付け報酬一〇八万円、下刈り報酬九〇万〇九〇〇円を得ているが、これは、椎茸栽培用のクヌギを植え付けたりしたことに対し、国から森林組合を通じて支給された造林事業補助金であり、植え付け、下刈を原告自身が行わなくとも支給される性格のものであるから、これらを本件事故に起因する逸失利益算定の基礎に加えることはできない(<書証番号略>、原告一回、二回)。

原告は、前記の入院した一〇二日間及び症状固定日までの実際に通院した一八日間休業したものと認められ、本件事故に遭わなければ、この合計一二〇日間に一日あたり九一三一円の収入を得られたものと推認できるから、休業損害として右金額を認める。なお、症状固定日までの通院期間中の実際に通院した日以外の日については、原告が従前どおりには仕事に従事できなかったことは推認しうるもののその程度を確定しえないので、慰謝料で考慮することとする。

6  後遺障害による逸失利益 七一四万九五六一円

<書証番号略>、証人松本によれば、原告の前記傷害は、右上肢、左上肢の機能障害(特に右肩関節の前方拳上、後方拳上、側方拳上についてそれぞれ正常の二分の一以下の可動域制限)、肺機能低下などの後遺症を残して、平成元年四月二〇日、症状が固定したものと認められる。なお、<書証番号略>によれば、原告は本件事故前々日に行われたミニバレー大会に選手として出場し、その際プレーに支障がなかったことが認められ、右事実に照らせば、本件以前に特に身体に異常はなかった旨の原告供述(一回)は信用でき(ただし、松本証言に照らし痛風を除く)、したがって、本件以前に原告の左肩関節が、<書証番号略>記載のように可動範囲の制約を受けていたとは認められず、かえって、これと松本証言を併せれば、本件事故により原告の頸椎に損傷が生じこれにより左肩関節の可動域も狭まったものと認められるから、右肩関節の可動域制限の程度を評価するにあたっては、原告の事故後の左肩関節の可動域と比較すべきではなく、一般に正常とされる可動域数値と比較されねばならない。

右事実によれば、原告(昭和一二年生)は、本件後遺障害により、右症状固定の日から少なくとも一〇年間にわたり、その労働能力の二七パーセントを喪失したと認めるのが相当であるところ、その期間を通じて少なくとも年に前記三三三万二九三八円の収入を得られるものと推認されるので、新ホフマン係数(7.9449)を用い中間利息を控除して一〇年間の逸失利益につき本件事故時の現価計算をすれば、右金額となる(一円未満切捨て)。

7  慰謝料

5項ほか以上認定の諸事情及び原告が負傷時には瀕死の状態であったこと(証人松本)を考慮し、五四七万円を相当と認める。

四過失相殺

ところで、原告自身、断りきれなかったとはいうものの、危険であることを認識しながら、樹上高所の作業に従事することを了承し、何ら安全策を講じないままこれを行った点(原告一回、二回)は、過失があるといわねばならないし、加えて、前記本件転落の直接の原因になった枝との接触についていえば、原告が、全体で約六メートルの葉の茂った枝の、幹から約一メートル先にワイヤーをつないだ(証人田部、衛本、原告一回)際のその位置や方法に問題があったといえるところ、枝の跳ね上がりは素人でもごく容易に予想し得るものであるから、実際の樹上でその作業をした原告に、そのような事態を招かないように工夫配慮すべき義務がより高度に課されるべきであると言わねばならないことも併せ考慮し、過失相殺として、原告の損害額から、五割を減額するのが相当と認める。

五損害の填補

原告は、本件損害の填補として、学校安全保障協会(五四万五五〇〇円)、農協損害保険(九二万五五〇〇円)、PTA(五〇万円)から合計一九七万一〇〇〇円を受領している(争いなし)。

六弁護士費用(請求額一八〇万円)

以上の差し引き額は、五二〇万九〇五〇円となるところ、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用相当の損害額は、五二万円と認めるのが相当である。

第三結論

そうすると、原告の請求は、五七二万九〇五〇円及びこれから弁護士費用を控除した五二〇万九〇五〇円に対する不法行為の日たる昭和六三年八月二一日から支払い済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由がある。

(裁判官杉田友宏)

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